鳥居醤油店 三代目・鳥居正子さん


引き算の店づくりが生み出す凛とした佇まい 


石川県の能登半島七尾市にある、室町時代から600年以上の歴史を持つ街道、一本杉通り。その一角にグレーの暖簾が気持ちよさげにゆらゆら揺れているのが、三代目女将・鳥居正子さんが切り盛りする鳥居醤油店だ。趣深い寄棟造りの長屋の木の扉を引くと、正子さんが人懐っこい笑顔で迎えてくれた。 店に入り、まず目に飛び込んでくるのは、醤油とだしつゆの一升瓶と愛嬌ある顔立ちの小ぶりの招き猫。壁際にあるかなり年季の入った食器棚には、醤油刺しや調味料がゆったりと並べられている。

「商品がなんにもないって苦情言うた人おったわ」と少し口を尖らせて話す正子さん。 

「でも私、10人のうち2人がいいっていうのを選ぼうと思って。お醤油も、なんでもそう。傲慢かもしれんけど、わかってもらえる人と少しずつ繋がっていきたいげん。お店づくりは引き算でいこうと思って。」 

添加物アレルギーの母に育てられ、子どもの頃から鍛え抜かれた正子さんの舌と審美眼で選び抜かれた珠玉の品々は、趣深い調度品によく似合う。醤油の香ばしくほんのり甘い香りに包まれた店内には、凛とした空気が漂っていた。


代々女性が継いできた小さな醤油店 

 

正子さんがこの店を継いだのは35年くらい前のこと。金沢で10年ほど結婚生活を送った後、ご主人とともにこの家に入った。 

「でも、金沢におる時も毎週帰ってましたよ。主人が配達もしとったし。」 

そんなご主人との出会いを恐る恐る聞いてみると… なんと!許婚(いいなづけ)だったという。 

「お互いいややて言うとってんけど、パリに連れてってくれるっていうから(笑)」と正子さんはクククと笑う。 

「中学くらいから許婚やて言われて、ギターもらったり。主人はあげた記憶ないって言うとるけど。ま、そんなもんやよね(笑)」 

ご主人は公務員だったが、今は定年を迎え、いっしょに醤油作りに励んでいるそう。 正子さんもそうだが、鳥居醤油店は代々女性が店を継いできた。理由を伺うと 

「奥行って見てもらえば分かるけど、ほんとに小さい規模の醤油屋なんで、主人が働きに出んと食べていけんのよ。うちは代々公務員ねん。」 

 明るい声で話してくれた。


できる限り手を使う昔ながらの醤油作り


鳥居醤油店のこだわりは、できる限り機械を使わず手仕事で丁寧に作ること。 正子さんは、子どもの頃、よく頭が痛くなったりお腹が痛くなったりして、町のお医者さんに診てもらったそう。そのお医者さんは、決して薬は出さず、正子さんの頭やお腹に優しく手を当てて「もう大丈夫や」と言った。すると不思議なことに、正子さんの痛みは引いていったという。そんな経験から、正子さんは「人の手の力」を信じ、大豆洗いからラベル貼りまで、できる限り手を使って作業をしている。 正子さんの代になってから、原材料も変えた。先代の時は、富山の大豆、岐阜の小麦を使っていたが、正子さんは、能登の農業法人を探して、1年分の原材料を買い取るのを条件に大豆や小麦を作ってもらっている。 

「自分が安心して食べられて、子どもたちにも安心して食べさせられるものを作りたいって思って。」 

珠洲の大豆と中能登町の小麦、そして鳥居家の井戸水。少ない材料だからこそ、こだわりたいのだと正子さんは言う。道具は最低限。実にさっぱりとした作業場だ。昔ながらの杉桶で仕込み、二夏かけてゆっくり発酵熟成させる。

【 明治時代、七尾市街地を襲った二度の大火にも耐え抜いた土蔵造りのもろみ蔵に並ぶ杉桶 】 


「もったいない」から生まれた商品たち


先代から引き継いだ昔ながらの醤油作りの手法は守りつつ、正子さんは店づくりにも果敢に挑んだ。 店内に駐めてあった配達用の軽トラックを退かし、閉じていたカーテンを開け、台所にあった明治時代の食器棚を店に出した。醤油を絞る麻布から友人に暖簾を縫ってもらい、燃料も重油から蒔にした。廃材を捨てるにもお金がかかる時代。知り合いの工務店が廃材をカットして持ってきてくれるのだそう。 

「向こうも助かるし、私も助かるしね。」 

他にも「もったいない」から生まれた商品がある。もろみを搾った後のもろみ糟と三河味醂を合わせた「モロトモ漬物床」。 

「東京のフレンチのシェフがオレンジジュースを少し混ぜてお肉漬けると美味しいって。なるべく捨てる分を少なくしようと思って。」 

さらに、もろみ糟を乾燥して粉末にした新商品を開発中だそう。 

「新しいこと考えるの大好きなんよ。すっごく楽しい。二番煎じは嫌いねん」と話す正子さんの目は少女のようにキラキラしている。


油売りをしながらイメージトレーニング

 

店づくりに熱い想いを抱いていた正子さんだが、当時はまだ若くて経験も浅かったため、醤油のラベルひとつ変えるのも決して容易いことではなかった。 先代が鳥居醤油店を営んでいた頃、正子さんは醤油作りを手伝いながら、油売りをしていた。  

「油売りで能登一周してたんよ。私やったらああしたい、こうしたい、ってイメージトレーニングしながら。」 

正子さんが作った新しい和紙のラベルにも、先代は猛反対。「やっぱりやわね。」 そこで、正子さんは、新旧両方のラベルを貼って、店内に醤油を出した。  

「ほしたら、若い人たちが買いに来てくれて、これいいって言ってくれたんよ。中身はいっしょやよ。父もそれで折れた。」 

 母とご主人の助言にも感謝していると正子さんは言う。 

「私も生意気やったから、両親も大変やったと思う。お互い様や。昔はそんなこと思わんかった。いやな両親やなって(笑)」 

これからの時代、一升瓶で買う人は少なくなると思い、500MLの瓶も作った。当時、ドイツでペットボトルを洗って再利用しているのを知った正子さんは、環境のことを考え、リサイクルできる素材の瓶を選んだ。

【 明治時代から鳥居家で使っていた食器棚に並ぶ醤油。左から500ML、125ML、20ML 】 


正子さんの声掛けで生まれた女将さんネットワーク

 

ある時、御祓(みそぎ)川にかかる紅い橋にろうそくを並べて、花を飾り、グランドピアノで音楽を奏でるイベントを企画した正子さん。 

「今はみんなやっとるかもしれんけど、当時はすごく珍しいイベントで、10年早かったって後で言われたわ(笑)」 

地元でも評判になったそのイベントは、幻想的でほんとうに素敵なイベントだったそう。 しかしその時、正子さんは気付く。一本杉通りの女将さんたちの姿がどこにもないのだ。女将さんたちは、このイベントの存在すら知らなかった。 男社会。女が物申すのが御法度の時代、正子さんは、一本杉通りの振興会で紅一点だった。 

「みんな家に仕えとってん。私だけが仕えてなかった…。」 

そこで、正子さんは一本杉通りの女将さんたちに声を掛けた。高澤ろうそく店の高澤行江さんをはじめ、5人の女将さんたちが仲良くなり、『女将さんの会』が発足。友人の伝手で全国各地をいっしょに巡り、街づくりや店づくり、いろいろな事を体感して学んだ。そこから、寂れかけていた一本杉通りの巻き返しが始まったのだ。


今の悩みは、次世代へどう繋ぐかということ


いろんな方とのご縁で、花嫁のれん館もできて、ここ、一本杉通りに店があったからこそ今の鳥居醤油店があると言う正子さん。 悩みを伺うと 

「繋ぐってむずかしいわ〜若い子らはあんまり興味ないしね。どう繋げていったらいいんか…。」 

正子さんの息子さんも東京近郊で暮らしているそう。 

「時々帰ってきますよ。お手伝い、息子はしないけど、お嫁ちゃんが店番を。孫も、三つやけど、いらっしゃいませ〜って。大きくなって肝心要の時には手伝うのいやがるかもね(笑)」  

醤油作りの道具もすっかり古くなってしまった。でも店の規模が小さいから投資をするほど余裕はないという。醤油を搾るための道具は、特注品で100万円以上もするそう。杉桶もなかなか腕のいい職人がいないのだとか。 

「いろいろ思うところはあるけど、無理強いしてもね…。次の人たちが自分で考えんと。」 

正子さんは、一本杉通りの若者や息子さんたちの世代が、自分たちで考えながらバトンを受け取ってくれることを期待している。 

「いろいろやってきたし、今もいろいろやろうと思っとるよ。でもそんなにたくさんはできん。遊びにも行かんならんしね(笑)」  

【 特注のしぼり機。アイアンのハンドルを動かすのは大人二人掛かりでも大変な作業 】 


一生懸命、正直に頑張り続けたら、夢は叶う


縁あって鳥居醤油店に嫁いだ正子さんだが、実は子どもの頃から劇団の裏方になりたかったそう。 小学校5年生の時に、文部省の学校公演で東京から劇団がやって来た。演目は『泥かぶら』。 

「先生が楽屋へはぜぇったい行ったらダメやって。行きたくなるよね〜(笑)」 

正子さんがこっそり楽屋を覗きに行くと、裏方の人たちが30人近くもいて、みんな生き生きと働いていた。 

「表で演じとる人もすごいけど、裏の人もすごいんやなって。」 

高校卒業後、どうしても東京へ行きたくて劇団へ手紙を書いたら、返事が来た!東京に来なさいって。しかし、お父様の許可が得られず、東京の劇団には入れなかった。

劇団の裏方になる夢は一旦心にしまい、醤油作りに励みながら、鳥居醤油店と一本杉通りのためにできることを一生懸命やってきた正子さん。 

「でも今、お店でコンサートとかイベントやったり、劇団の裏方みたいなことしとる。ずいぶん時間かかったけど、夢叶っとるわ。目の前にあたわったこと、一生懸命正直にがんばっとったら、誰か見てくれとる人おるんよ。」 

ご主人の「新婚旅行はパリに連れてってあげる!」の言葉に惹かれ、結婚した正子さんだが、まだパリには行けてないそう。二人で選んだ旅行先はロサンゼルスとサンフランシスコだったのだ。

「いつかはパリに行ってみたいってずーっと思っとったよ。」 

そんな正子さんのところへ、先月、東京からシェフが訪ねてきた。パリでお店を出すにあたり、鳥居醤油店の醤油を使いたいと相談してきたのだ。正子さんのパリ行きの夢が叶う日も、そう遠くないかもしれない。   


【 取材時にいただいたお茶とお菓子。金沢の老舗和菓子店「諸江屋」といっしょに作った花嫁のれんのお嫁ちゃんモチーフの落雁は、ほんのりお醤油の香り 】 


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鳥居醤油店 

住所 石川県七尾市一本杉町29 

電話  0767-52-0368 

営業時間 09:00~18:30 

http://www.toriishouyu.jp/ 

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写真と文:山本 加容