日本料理店「あるところ」唐津らしい食文化、器文化を、暮らしを楽しみながら伝える

江戸の城下町であり、明治に入ってからは炭鉱で栄え、華やかな時代の面影を色濃く残す優美な街、唐津。毎年11月に行われる盛大な祭り「唐津くんち」は、国の重要無形民族文化財に指定され、豪華な曳山を一目見るために海外からも多くの人が訪れます。その賑やかな街の中心地からやや離れたあるところに、一軒の日本料理店がありました。周りには神社や寺、古墳などが点在する、鏡山の麓の静かなエリアです。

「あるところ」とは、店の名前です。「昔々あるところに・・・」で始まる、物語に出てくるような料理に憧れていた、と話すのは店主の平河直さん。

「店名は僕が考えました。日本昔ばなしに出てくるような、てんこ盛りのご飯とか、囲炉裏で煮た大根の鍋とか、そういうのが好きなんです。素朴でおいしそうだなあ、ああいうものが出せたらいいなあ、と思って名付けました」

平河さんは福岡出身。無意識だったけれど、と言いつつも、子供の頃から料理は好きだったそうで、今思えば全然おいしくなかった(笑)、というケーキを毎週焼いていたそうです。一方で伝統工芸に惹かれ、大学は富山県高岡で、金属工芸を専攻していました。そこからフィンランドへ一年留学。その暮らしが平河さんを料理の道へと導くきっかけになったそうです。

「富山にいた頃は一人暮らしだったので、自分で料理をするのが楽しかった。そしてフィンランドでは、様々な国の人たちがみんな一緒に料理を囲んで楽しむという日々を過ごしました。その時に、料理は万国共通、たとえ言葉が分からなくても世界の人と共有できるものであって、すごくいいものづくりなんじゃないかと気付いたんです」

東京に出て懐石料理や割烹の店で修行し、その後は実家の福岡に戻って割烹の店で働きました。10年近く和食の料理人を務め、そろそろ独立をと、福岡周辺に場所を探していた時、唐津という土地に出会いました。

「元々、街ではなく、ゆっくりとした田舎の環境でやりたいと思っていました。東京生活も長く、地下鉄で職場に通って、地下で作業して・・・外の景色もお客様の顔も見えない毎日でした。東京の生活は楽しかったけれど、自分がやりたいのはそうじゃないとずっと思っていたんです。唐津に来て、すごく肌に合う、雰囲気のいいところだと思いました。物件を見つけた時も、ここならできる、とはっきりイメージが湧きました」

建物は築130年を超えた古民家。増築・改築されていましたが、一旦全部外したら、元の古い構造が出てきたそうです。そこからレイアウトを考え、古い部分を生かしながら、1年くらいかけて自分たちで改装しました。この時には大学時代の工芸専攻の経験が大いに役立ったそうです。

しかしなぜ、唐津に惹かれたのでしょうか?

「唐津の魅力は本当にたくさんあります。まず食材の良さ。地方は食材が限られることが多いので、そこにストレスを感じるのではないかと不安だったのですが、それがなかったことに驚きました。自分は築地にも通っていたけれど、唐津は思った以上に魚種が豊富で、寿司屋が多いせいなのか、魚の処理の仕方が上手く、状態がいいんです。野菜や果物は産地が近いから鮮度が良いし、生産者さんも熱心な方が多く、自分たちも学ぶことができてありがたいです。裏山では筍や山菜、キノコが採れます。ここへ来て3年になりますが、だんだん、時期によって何があるか分かるようになってきました。だから山にもよく入ります。季節の移り変わりを自然に肌で感じることは、東京だったら絶対できないことですね。使ったことのない地元の食材もまだまだたくさんあって興味が尽きません。畑も少しだけやっているけれど、ゆくゆくはもっと増やしたい。なかなか農家さんのように上手くできないですが、例えば店に売ってないもの、キュウリの花とか、あしらいに使うものを自分で育ててみたりしています」

話しながら平河さんは流れるようにテキパキと手を動かします。台所の一角には、本当に昔話に出てきそうな、古いかまどがありました。この家に元々あって、実際に使われていたものだそうです。かまどに薪をくべ、羽釜でご飯を炊きます。ホカホカと湯気の上がった炊きたてご飯をふわっと握って作ってくれたおむすびは、お米の一粒一粒から良い香りがして、ふんわりもっちりの食感。ああもう、これはたまりません。お米は呼子で作られているコシヒカリ、塩は糸島のものだそうです。一緒に出てきたのは、炭火で焼いたイサキ。そしてアサリのお椀。いずれも唐津で採れるもので、素材の風味がじんわりと体の隅々までいきわたるような、優しく滋味深い味わいです。イサキを乗せたお皿は唐津焼の作家、矢野直人さん。土地柄、陶芸家と知り合う機会も多く、料理とコラボレーションしたイベントを一緒にすることも多いそうです。

「唐津は素材も器も色々あって楽しいです。以前は唐津焼ってそんなに持っていなかったのですが、ここへ来てから少しずつ買い足しています。作家さんが店に来て下さったり、イベントで唐津焼の器でコースを提供したり、様々なご縁ができました。唐津焼は一見地味にも見えるんですけど、そこが味わい深くて、料理がとても映える器だと思います。僕も元々工芸などのものづくりをやっていたこともあって、器を見るのが好きだし、作家さんと会話するのは楽しいです。料理人としてもすごく興味がある。彼らから直接話を聞き、どんな考えで作っているのかを身近に知ることができるのは嬉しいことです。自分の料理にも影響を与えられていると思います。なかなか気安く言えることではないですが、どんな器が欲しいか言ってくれたら作るよ、と申し出てくれる作家さんもいて、ありがたく思っています」


唐津で店を構えてから、よりシンプルな料理を心がけるようになった、という平河さん。この場所なら、新鮮な素材を手に入れ、できたてをすぐに食べてもらえる。この土地らしく、食材の持ち味をストレートに味わってもらうことが、何よりも感動してもらえるのではないかと心に留め、料理に向かっています。

「料理を作る上で大切にしていることは、素材をあまりいじくり過ぎないこと。素直に料理すること」

こちらに来て、何か苦労や、大変だったことはありますか?と伺ってみると「それが、全然ないんです」とのこと。実際には常にやることがたくさんあって、料理だけでなく、かまどのための薪を割ったり、庭の雑草を抜いたり、朝から晩まで土壁を塗ったり。家の壊れたところもあちこち修理しなくてはならず、結構忙しい毎日。なかなかスローライフとは言えないかもしれないけれど、どれも好きでやっていることだからストレスはなく、何をやっても楽しい、と平河さんはいいます。仕事が遊びでもあり、暮らしが趣味でもある。

「これからは、まだ使ったことのない唐津の食材をもっと料理に取り入れていきたい。それから陶芸家さんと一緒にものづくりをして、その器で料理を表現してみたい。畑ももう少し大きくしたいし、納屋で何か面白いことができないかなど、やりたいことはたくさんあり過ぎて、本当に体が足りないです」

楽しそうな笑顔で話す平河さんは、すでに昔話に出てくるちょっと陽気で働き者の村人のよう。これから、あるところにどんな物語が紡がれていくのか、楽しみでなりません。


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あるところ

佐賀県唐津市鏡732

0955-58-8898

平日 11:00~17:00  土日祝日 11:00~15:00 17:00~22:00 
http://arutokoro.com

※前日までの要予約

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文:江澤香織 写真:山本加容