Bottled Local 代表・髙橋 米彦さん
自由なお酒
近年、日本はクラフトジンブームを迎えている。各地の特色を活かした御当地ジンは、お酒好きに限らず贈り物やお土産としても人気。各地クラフトジンに挑戦する理由は多々あれど「フレーバーで自由な表現ができる」ことは、大きな理由の一つになっているようだ。柑橘、スパイス、ハーブ、お茶…多様なフレーバーがある中で、ちょっと珍しいクラフトジンと出会った。
「Bamboo Gin」
その名の通り「竹」をキーボタニカルに使用したクラフトジン。福岡県内最大の農業地である筑後エリアの、厳選したボタニカルを使ったクラフトジンを販売・企画する「Bottled Local」が手掛けている。米、小麦、野菜、果物。土壌を生かした農林業が盛んな筑後地方。ジンに使えそうな素材の宝庫なのに、なぜあえて「竹」なのか?「Bottled Local」代表・髙橋米彦さんに話を聞くと、クラフトジンの奥にある、大きな想いが見えてきた。
地域とつながり生きる
家業を継ぐため地元・久留米市に戻る前は、大阪の大手電気メーカーや、東京のライフスタイルショップで商品企画をしていた髙橋さん。「仕事をするか寝るか、そんな生活でした」と笑う。髙橋さんの実家は、創業時は繊維業、その後は不動産業、やがてレジャー・スポーツ・飲食業など幅広く手掛け、現在に至る。従兄弟と共に3代目として家業を継いだ髙橋さんは、ボーリング場やアイススケート場を経営していく中で、もっと地域に出たい、つながりたいと感じるようになり、町のイベントに積極的に参加。地域の人と「関わる、つながる」という実感を得るようになっていった。約15年間家業でマネージメントに携わった後、「もっと地域に根ざしたい」と考え独立。試行錯誤の末、クラフトジンの事業をスタートさせた。
お酒を飲まないソムリエ
「ジンが好きだったんですか?」とたずねると髙橋さんは首を振り「尊敬する知人のすすめで、2018年にソムリエの資格をとったんです。それまでお酒はあまり好きじゃなくて」と笑いながら「ソムリエを目指して毎日テイスティングしているうちに、お酒のかっこよさを知りました。科学的で、頭脳的で、知的で、歴史がある。毎日ちょこちょこテイスティングしているうちにすっかりお酒が習慣化しました。ソムリエやってみたら?と言われなかったら、今は無いですね」と言った。
「クラフトジン」という一つの表現方法
ワインの魅力を知ったことと、久留米市が巨峰の産地であることから「いつかはワインをつくりたい」という想いも抱きつつ、まずはオリジナルクラフトジンの委託製造から始めた。クラフトジンを選んだきっかけの一つが「各地で出会うかっこいいことをしている人の周りには、なぜかクラフトジンがあったから」と髙橋さん。また、各地のクラフトジンの中で特に感動したのが、長崎県五島列島にある「五島つばき蒸溜所」の「GOTOGIN」だったと言う。「感動したんです。その地にあるものでこんな“綺麗な”表現ができるんだなと」。そして髙橋さんはクラフトジンで「自分の地域を表現したい」と考えるようになっていった。
髙橋さんとの会話の中に、何度も出てくる「地域」という言葉。
「美味しいクラフトジンをつくりたい」の前に「地域を伝えたい」という思いが根底にあるのが「Bottled Local」の大きな特徴だ。クラフトジンを広めつつ、その奥にある地域のことを知ってもらうことが髙橋さんの願い。そして伝えたいのは地域の「魅力」だけでなく、「問題や課題」もだという。
はじめてのボトル
そんなBottled Localがつくるファースト・ボトルの、メインボタニカルに選んだのが「竹」。耳納連山の西端にある高良山で、長い間放置されてきた孟宗竹だ。ボタニカルを探していく中で、竹林を整備する高良山竹林環境研究所から声をかけられたのがきっかけだった。放置林整備で竹を刈ると、竹はチップや堆肥、竹炭など活用法があるけれど「笹」は使い道がない。笹や竹を使ったクラフトジンの前例は少ないが、古くから「竹酒」や「かっぽ酒」があるように、竹とお酒の相性は良いはず。材料になるのでは?と考えたのが始まりだった。
産みの苦しみ
開発を進めると、竹からはほとんどアロマが抽出されないということを知った。どうやって竹感を出すかを、蒸留を依頼している沼津蒸留所と話し合い「蒸留後、最後に竹を漬け込むことで香りを出す」という方法に行き着いた。1年目の竹は若々しく水分が多いからか香り付けが難しく、2〜3年目の少し水分の抜けた竹のほうが香り付けに向いてることも分かったという。若い竹はメンマやチップなどに活用されているけれど、2〜3年目の竹は枯木で背も高く活用方法がない。活かされていなかった竹と、Bamboo Ginの求める竹がぴたりと重なったのだ。
沼津蒸留所(株式会社 FLAVOUR)代表の小笹 智靖さん
2024年の8月から発売をスタートしたBamboo Ginは、爽やかで甘すぎず、後味にほんのり苦みがくる。クラフトジンは花やかで香りが強いものが多いが、すっきりとした飲み口と、後から追いかけてくるような香りが特徴だ。飲んだ人が表現した「ハンサムな味」というのが、すごくしっくりくる。
ふさわしい服を着せる
おいしいだけでは人の目に止まらない。パッケージデザインにも徹底的にこだわりを詰め込んだ。地元の先輩でもあった、アーティストの早川康司さんが髙橋さんの思いを受け止め、トータルデザインを担当した。
「今っぽ過ぎるのではなく、“昔からそこにあるような佇まい”のデザインにしたかったんです。国内だけでなく、例えばクラシックな海外のバーにあってもすっと馴染むような」と髙橋さん。早川さんと何度も何度も話し合いを重ねた。仕上がったデザインは、ラベル、ボトル、箱、素材、すべてにおいてたくさんのこだわりが詰まっているにも関わらず、とてもミニマル。そして髙橋さんの願い通り「昔からそこにいた」ような顔をしている。まるで人格が宿っているように見えるのは、本当にいいデザインである証だと思う。
久留米のBAR BELIEVEにて
つくった先にあるゴール
「今度竹林整備体験をして、メンマとBamboo Ginを食すイベントをするんです」と髙橋さん。クラフトジンをつくることと並行して、少しずつ地域の課題を伝える活動をしている。そうすることで、放置林に問題意識を持っている層だけでなく、より幅広い人にアプローチできる。髙橋さんにとっては、クラフトジンをつくることがゴールではないのだ。
Bottled Localが、Bamboo Ginの次にチャレンジしている「INDIGO GIN」は、久留米絣の藍の物語へのリスペクトから生まれた。約230年もの歴史をもつ久留米絣もまた、高齢化や後継者の問題に直面し、懸命に守ろうとしている人がいるという。「一生懸命やっている人がいること」が、髙橋さんの情熱のトリガーになっていることに気づく。
大きな視野と小さな一歩。
「地域のために動く、その原動力はなんですか?」とたずねると「課題を抱えている人との距離が近く、他人事ではなく自分事なんです」と髙橋さん。
そして、うまく言葉にできないけれどと、少し考えてから「地域の課題とか未来とか、大きなことも考えているけど、今目の前にある、小さなできることを続けていくことが、結局地域をつくっていくと思うんです」と答えた。
Bottled Local=ボトルに詰めた地域。見ているのは地域の歴史と未来だが、まずは最高の一滴をつくることから、一歩ずつスタートしている。
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髙橋米彦 @bottled_local
Bottled Local 代表
福岡県久留米市出身。 J.S.A ソムリエ(2018年取得)
2002年ボストン大学国際関係学部を卒業後、松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に秋採用で入社。主に欧州、アジアオセアニア地域向け液晶テレビの商品企画を担当。2005年に株式会社バルス(現フランフラン株式会社)へ転職。海外事業の立ち上げやフランフランのファブリックアイテムの商品企画を務める。
2009年に髙橋株式会社入社し、レジャースポーツ事業、外食事業の子会社代表、グループの人事、総務、財務の責任者を歴任する。
2023年10月に持続可能な地域社会の実現をテーマに独立し、Bottled Localを立ち上げ現在に至る。
オンラインストア
https://bottledlocal.stores.jp/
note
https://note.com/bottledlocal
まちづくりスナック ナイツク
久留米市日吉町の路地裏には、戦後の闇市の面影を残す木造アーケードがあります。地元では「日吉村」と親しまれるこの一角に在る「まちづくりスナック ナイツク」。
かつてはオーナーが営む和風スナックとして営業していましたが、コロナ禍の影響で閉店。その後、約2年間空き物件となっていたこの場所を、日吉村の景観保護やまちづくり活動の拠点として活用しようと、街の有志が集まり、シェアスペースとして再生しました。
現在は主にイベントスペースとして活用され、地域に開かれた交流の場となっています。「インディゴジン」のお披露目パーティもこの場所で開催され、多くの人々で賑わいました。
取材協力
【高良山竹林環境研究所”Bamboo of Kitchen”】
高良山の放置竹林問題を解決すべく2022年に本多修三さんと渡辺琢磨さんの二人で結成。竹林整備による高良山の環境整備を行いつつ、春に伸びてくる「幼竹を使った純国産のくるめ高良山メンマ」を新たな地域の観光資源とすべく活動中。メンマづくり自体も新しいコミュニティを形成しながら地元で大切に育まれています。
https://www.instagram.com/bamboo_of_kitchen/
【沼津蒸留所】
沼津蒸留所は沼津市内を流れる狩野川沿いにある静岡県初となる小さなクラフトジンの蒸留所です。
おもに県東部や伊豆半島で取れる果物や草花、ハーブ、スパイスなどのボタニカルを香りづけに使用したクラフトジン『LAZY MASTERシリーズ』の製造を2020年から行っています。手作業で少量ずつ、丁寧にクラフトジンを蒸留しています。
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文:井上 望(sog Inc.) 写真:長原 慎一
ボトルパッケージ撮影:早川康司/BAR BELIEVE撮影:髙橋米彦
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